NボックスとNワンのすき間に
Nシリーズには、広い室内が売り物のN-BOX(ボックス)2車種と、ホンダが「新しいベーシックカー」と位置づけているN-ONE(ワン)があり、いずれも人気車になっている。Nワゴンは、NボックスとNワンの中間にぴったり収まる車種として発売された。
エンジンは、最高出力58馬力の自然吸気エンジンと、64馬力のターボエンジンの2種類。いずれも、燃焼効率を高めるツインインジェクションシステムや、ノッキングの発生を抑えるナトリウム封入バルブなど、カーレースで培った技術が採用されている。
ボディーは、優しい顔つきのノーマルと、彫りが深いカスタムの2タイプ。ノーマルタイプのボディーでもターボエンジン搭載車を選ぶことができる。自然吸気エンジンとの価格差は10万円だが、ターボ仕様はアルミホイールが標準になるので、正味の差額はもっと少ない。定員乗車する機会が多かったり、山道を走ったりすることが多い人にとっては、ターボ車がお買い得かもしれない。
力強い追い越し加速
試乗車は、自然吸気エンジンのGタイプに安心パッケージを装着したG・Aパッケージ。
運転席に座ってまず、シートの座り心地がいいことに気がつく。表面の感触がソフトでやんわりと腰が沈む。それでいて縁はしっかりしているので、上手に体を支えてくれる。コストの制約が厳しく、室内の広さも限られている軽乗用車では、シートの座り心地は犠牲にされがち。長時間の運転では、シートの善しあしで疲労が全く違うので、上質なシートは歓迎したい。
走りだすと、スタートの瞬間はトルクが少し薄いように感じるが、エンジンの回転が高まるにつれて力強さが増してくる。エンジンの最高出力と最大トルクはNワンと同じ58馬力、6.6kmだが、最大トルクを発生する回転数は3500回転から4700回転へと、やや高回転寄りになっている。
このエンジンの長所は、追い越し加速の際に実感できる。時速40~50kmから追い越しをかけたときの力強さは自然吸気エンジンの軽乗用車ではトップクラス。高回転まで回したときには、思いのほか力強いエンジン音が室内に響いてくる。車が好きな人にとっては心地よいサウンドかもしれない。
軽乗用車のエンジンは排気量が660㏄に限定されているが、メーカーごとに個性がある。ダイハツのエンジンは低回転域で力強く、スズキのエンジンはエネチャージの採用で軽快に吹き上がるようになった。ホンダの新エンジンは、最高出力が自然吸気エンジントップの58馬力というだけあって、ターボなしでも力強い走りが得られる。
軽乗用車の分野ではこの1年、激しい低燃費競争が繰り広げられており、ハイトワゴンタイプのカタログ燃費はガソリン1リットル当たり29~30km、車体が軽いセダンタイプでは33~35kmと、ハイブリッド車並みに向上している。実際の燃費は走行条件や走り方に大きく左右されるので一概には言えないが、カタログ値の70~80%が目安。
Nワゴンのカタログ燃費はJC08モードで29.2km。車載の燃費計をリセットして試乗したところ、平均燃費は22~25kmの間を上下していた。短時間の試乗では判断が難しいが、実用燃費も良さそうだ。ターボのカタログデータもリッター26.2kmと優秀である。
後席にスライド機構採用
室内に目を向けてみよう。ホンダ車のインパネは未来的なデザインを採用したものが多いが、Nワゴンはオーソドックス。正面にアナログ式の大きなスピードメーターがあり、ナビや空調スイッチ、シフトレバーなどもごく自然に操作できるようになっている。シンプルでありながら上質感のあるデザインになっている。
NボックスとNワンのリアシートは、座面を跳ね上げて大きな空間を作ることができる半面、ライバルが採用している前後のスライド機構を備えていなかった。Nワゴンはシリーズで初めて、前後200mmのスライド機構を採用。使う場面に合わせて、後部座席と荷室のスペースを調節できるようになった。
リアシートにチャイルドシートを装着したときには、運転席から子どもに手が届くように前方にスライドさせることができるし、後部座席に大人が乗るときには、シートを後方にスライドさせて足元のスペースを広くするといった具合だ。
収納も工夫されている。リアシートの下には、長い傘や靴を収納することができる大きなトレイを装備している。車内には意外に傘を置く場所がないので、このアイデアは秀逸。また、荷室には、深さが29cmもある床下収納のスペースが用意されている。床板を跳ね上げるとA型ベビーカーを縦に積むことができるので、子育て中のママさんは便利に使えそうだ。
最新の軽乗用車は安全装備の充実が目覚ましく、Nワゴンも例外ではない。横滑り防止装置は全車に標準装備。「安心パッケージ」を選ぶと、時速30km以下で追突を防止する自動停止ブレーキや、側面衝突されたときに乗員を守るサイドカーテンエアバッグなどがセットで装着される。小型乗用車にはこれらの装備が付けられない車種が多く、軽乗用車がずっと先行している形だ。
国内の新車市場では軽乗用車の比率が高まっているが、維持費が安いことや小回りが利くというだけでなく、安価に安全装備を装着できることも見逃せない要因だろう。
Nワゴンは、NボックスやNワンのように強い個性がない半面、使い勝手、性能、価格のバランスが取れた車に仕上がっている。
リポータープロフィル
【長瀬稚春】 運転免許歴38年。紀伊民報制作部長。