我慢できずに一度失敗
田辺ダイハツ販売の中古車展示場内に、先行車に見立てたパネルを置いて、体験コーナーを設けた。販売店のスタッフが正常に動作することを確認してから運転を代わった。
「どうぞ」。どうぞと言われても怖いんですけど…。「このパネルは、万一ぶつかっても車は傷みませんから」
それならばと運転席に乗り込み、10mほどバックしてからスタートした。右足をアクセルから離し、ブレーキを踏まずにいると、パネルがどんどん迫ってくる。車内に響く「ピピピピピ」という警告音。ここで無意識にブレーキを踏んでしまい、1回目の体験は失敗に終わった。「だめですよ。根性を入れて我慢してください」とスタッフから声が掛かった。
気を取り直して再挑戦。今度は右足をブレーキペダルから離し、警報音が鳴ってもじっとしていた。惰性で走り続ける車。「このままだとぶつかる」と思った瞬間、「ギッ」という音とともにブレーキが掛かり、パネルまであと40cmぐらいのところで急停止した。正直、心臓にはあまりよろしくない。
車が止まる仕組みはこうだ。ムーヴのフロントグリルには四角いレーザーレーダーユニットが装着されている。ここからレーザーを照射して、前方の車両からの反射で距離を検知する。検知できる距離はおよそ20mまでという。
作動する車速は時速4~30kmなので、想定されるのは信号待ちで減速したときや、渋滞でノロノロ運転しているときの追突事故だろう。前の車との速度差が20km以内なら、緊急ブレーキが自動的に作動して、衝突直前で車を止めてくれる。20~30kmの場合には、減速して被害を軽減する。
ただし、この機能も万能ではない。先行車との速度差が30kmを超えると作動しないし、歩行者や二輪車、自転車の場合には警報ブザーが鳴っても緊急ブレーキは働かない。また、ドライバーがステアリングを大きく切ったり、ブレーキを踏んだりするなど危険回避の操作をしたときにも機能は解除される。多少の制約はあっても、万一の時に緊急停止してくれる機能は心強い。
急発進の防止も
今回は体験できなかったが、アクセルとブレーキの踏み間違いによる急発信を防止する機能も搭載されている。前方4m以内に障害物があるときにアクセルを思い切り踏んでも、8秒間は警報音が鳴ってエンジン回転が上昇するだけで、車はほとんど動かない。
高齢ドライバーが駐車場で誤発信してコンビニやスーパーの店舗に突っ込むという事故がたびたび発生しているが、スマートアシストがあれば最悪の事態を避けることができる。
おせっかいかもしれないが、「先行車発進お知らせ機能」もある。信号待ちで先行車が発進してしまったのにうっかり止まったままで、後続車からクラクションで急かされたという体験は誰にでもある。スマートアシストはこんなときに、先行車との車間が3m以上空くと警報音で知らせてくれる。
これら三つの機能と合わせて搭載されたのが、滑りやすい路面でスピンを防止するVSCと、発進時に駆動輪の空転を抑制するTRC。いずれも、従来は普通車の上級グレードにオプション設定されていたような安全装備である。雪道やぬかるんだ道でも、きっちり安定を保ってくれる。
スマートアシストは、軽自動車で初めて採用された安全装備だが、普通車を含めても、これだけの装備がわずか5万円で装着できる車種は他にない。ムーヴを購入する人の6割がスマートアシスト付きのグレードを選択するというのもうなずける。
スバルの「アイサイト」装着車をはじめ、フォルクスワーゲンの小型車「アップ」、ボルボのV40など、安全装備の充実した車にユーザーの関心が集まっている。追突防止装置や歩行者の検知機能、さらには前方の状況を記録しておくドライブレコーダーといった装備も、やがて標準搭載が当たり前になってくるのだろう。
基本性能も向上
ムーヴは昨年12月のマイナーチェンジで、基本性能も向上した。いずれも外観からは分からない地味な部分だが、車としての完成度がぐっと高まった。
試乗してはっきりと分かるのは、足回りの改良。マイナーチェンジ前のモデルはサスペンションが柔らかめで、カーブを回ったさいのロール(横傾き)が大きかった。新モデルは、ロールを低減するフロントスタビライザーを全車に搭載した。さらに、最低地上高を10mm下げたローダウンサスペンションを採用して走行安定性を向上させている。また、防音材の配置を最適にすることなどで静粛性も高めており、軽自動車でトップクラスの快適性を得ている。
燃費も一段と向上した。エンジンとCVT(自動無段変速機)の温度を最適化して燃焼効率や動力伝達率を高めた「CVTサーモ(熱)コントローラー」や、減速時に時速9km以下になるとエンジンが自動停止する新エコアイドルの採用などにより、JC08モードでリッター29kmの低燃費を実現した。
試乗車の平均燃費計をリセットして試乗中の燃費を計ったところ、信号の多い市街地、一般国道、バイパス道路をそれぞれ3分の1ずつ走って、リッター24.4kmだった。日常の使用でも20km台をマークできそうだ。これだけの改良が加えられながら、旧モデルに比べて価格がむしろ下がっている点も歓迎すべきことだ。
リポータープロフィル
【長瀬稚春】 運転免許歴38年。紀伊民報制作部長。